〜2026年3月期(2025年度)決算とAspiration 2035が描く成長戦略〜
はじめに
今回の記事では、東京海上ホールディングス(証券コード8766)が2026年5月26日のIR説明会で公開した資料「東京海上グループの経営戦略」をもとに、同社の事業内容、業績動向、成長戦略、そして投資家が注目すべきポイントを整理します。本資料は通常の決算サマリーにとどまらず、長期ビジョン「Aspiration 2035」やBerkshire Hathaway Groupとの戦略的提携、IFRSへの移行など、中長期の企業価値を左右する論点が数多く盛り込まれている点が特徴です。
※本記事は公開IR資料をもとに作成したものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。
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1. 会社概要
東京海上ホールディングスは、1879年創業の日本を代表する保険グループです。資料によれば、保険事業のグロス保険料とソリューション事業の売上高の合計である「Total Business Volume」は2025年度時点で約8.7兆円に達し、国内損害保険業界の枠を超えたグローバルカンパニーへと進化を続けています。
同社の収益は、大きく「保険引受」「資産運用」「ソリューション」の3つの源泉から生み出されています。事業構造の特徴は、地理的にもリスク特性の面でも分散が効いている点にあります。資料では、IFRSベースの2025年度の修正純利益8,815億円のうち、地域別の内訳としてNorth America(北米)が62%、Japan P&C(国内損保)が26%、Brazil(ブラジル)が4%を占め、これに国内生保(Japan Life)や欧州(EMEA)、ソリューションが加わる構成が示されています。各地域は市場特性に応じた競争優位性を確立しており、過去10年間のボトムライン(利益)成長率(CAGR)は、国内損保17.8%、北米13.2%、ブラジル23.1%と、いずれも各市場平均を上回る水準となっています。
ビジネスモデル上の強みとして資料が強調するのは、グループ各社の自律性(Autonomy)を尊重しながらグループ総合力を発揮する「Federated Model(分権・共創型のグループ経営)」です。買収した各社が高い利益成長を続ける一方、グループが持つ資本・専門性・ネットワーク(クロスセル)・資産運用力を活用したシナジーは、年間で約4.61億米ドル(USD 461M、2025年12月末時点)の利益貢献を生み出しているとされています。競争優位性の裏付けとして、日本・米国いずれでも業界平均を上回るNet Promoter Score(顧客推奨度)を獲得している点も挙げられています。

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2. 今回のIR資料で最も重要なポイント
本資料全体を読み解くと、投資家にとって重要な論点は次の4点に整理できます。
ポイント1: 長期ビジョン「Aspiration 2035」の提示
- 何が起きているか:同社は2035年度に向けた道標として「Aspiration 2035」を掲げ、修正純利益17,000億円以上、修正ROE17%以上(グローバル生損保トップ水準)という長期目標を打ち出しました。
- なぜ重要か:2025年度実績(修正純利益8,815億円、修正ROE12.9%、いずれもIFRSベース)を起点に、利益をおよそ2倍に引き上げる意欲的な水準であり、成長の方向性が明確に示されています。
- 投資家は何を見るべきか:世界トップクラスとされる利益成長(CAGR+7%以上)を実際に継続できるか、その進捗です。
ポイント2: Berkshire Hathaway Groupとの戦略的提携
- 何が起きているか:2026年3月、企業文化・価値観が共通するBerkshire社との戦略的提携を公表しました。Berkshire社は当初、発行済株式数の約2.5%(同社が保有する自己株式を割当)を取得します。
- なぜ重要か:資料は本提携を「Aspiration 2035に向けたブースター」と位置づけ、再保険分野での協働やM&Aにおける協働を通じて中長期的な価値創造力を高めるとしています。なお、同社取締役会の事前承認なしにBerkshire社が9.9%を超えて株式を取得することはできない旨も明記されています。
- 投資家は何を見るべきか:提携が実際の再保険基盤の安定やM&A機会の拡大にどうつながるかです。
ポイント3: 会計基準のIFRSへの移行とKPIの再定義
- 何が起きているか:同社はIFRSへ移行し、修正純利益・修正ROEの定義が新しくなりました。2026年度予想を境に、KPIの見え方が変わります。
- なぜ重要か:資料上、修正純利益はIFRS(新定義)ベースで2025年度8,815億円・2026年度予想9,500億円、JGAAP(旧定義)ベースで2025年度6,356億円・2026年度予想7,900億円と示されており、どの基準の数値かを区別して読む必要があります。
- 投資家は何を見るべきか:今後のIRで示される数値がIFRSベースか否か、時系列比較の連続性です。
ポイント4: 積極的な株主還元姿勢
- 何が起きているか:2026年度の1株当たり配当(DPS)は前年比+27円の245円(前年比+12.4%、15期連続の増配)が示されました。加えて、2026年度は年間を通じて4,000億円の自己株式取得を実施する方針が示されています。
- なぜ重要か:配当と自己株式取得を合わせた総還元姿勢は、資本効率(ROE)向上の重要な柱です。
- 投資家は何を見るべきか:後述するESR(健全性指標)とのバランスを保ちながら還元を継続できるかです。
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3. 業績動向
同社が中核KPIとする修正純利益は、IFRS(新定義)ベースで2024年度8,120億円、2025年度8,815億円、2026年度予想9,500億円と推移しています。修正ROEは同ベースで2024年度13.1%、2025年度12.9%、2026年度予想13.0%の水準です。資料では、過去10年のEPS Growth(1株当たり利益成長率、CAGR)は12.0%、DPS Growth(1株当たり配当成長率、CAGR)は19.4%と、いずれも欧米の大手同業(Allianz、AXA、Chubb、Zurich)と比較して世界トップクラスの水準にあると説明されています。
一方で、中期経営計画(2024〜2026年度)のKPIはJGAAP(旧定義)ベースで管理されており、この基準では2025年度実績が修正純利益成長CAGR+3.2%、修正ROE11.7%、2026年度予想が同+9.8%、14.0%とされています。中期経営計画の目標(修正ROE14%以上)に対しては、2026年度予想でこの水準に到達する計画です。IFRSベースとJGAAPベースで数値が異なるため、比較の際は基準の確認が欠かせません。
セグメント別に見ると、国内損保(Japan P&C)は大手3社で約9割のシェアを占める安定的な市場で、10年平均のコンバインド・レシオ(C/R)は業界全体で95.3%と規律が保たれています。足元ではインフレ進行に伴うレートのハード化やSpecialty分野の成長余地が指摘されており、Specialty領域のトップラインは2025年度に6,352億円(2021〜2025年CAGR+5.2%)まで拡大しています。海外(International)事業では、北米の資産運用でAUM(運用資産残高)が拡大し、2025年度のインカム利回りは5.3%と市場平均を上回る水準を確保しています。
株主還元の面では、業績の拡大を背景に配当が着実に増加しています。IFRS移行後の配当は「IFRS修正純利益(3年平均)」を配当原資とし、配当性向50%を原則とする方針が示されました。1株当たり配当は2021年度の85円から一貫して増配を続け、2026年度予想は245円(15期連続の増配)に達します。配当原資(修正純利益ベース)も2025年度の8,300億円から2026年度予想の8,800億円へと積み上がる見通しです。

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4. 成長戦略・中期的な注目点
同社の成長戦略の中核が、長期ビジョン「Aspiration 2035」です。2025年度の修正純利益8,815億円・修正ROE12.9%を起点に、2035年度には修正純利益17,000億円以上、修正ROE17%以上(グローバル生損保トップ水準)を目指すとされています。これは世界トップクラスの利益成長(CAGR+7%以上)を継続し、必要資本の増加を上回る利益成長(ROEを+5pt以上引き上げ)を実現することで達成する構想です。利益の源泉別では、2025年度に約100億円規模にとどまるソリューション事業を1,000億円規模まで拡大させる方針が示されています。

成長の具体的なドライバーとしては、次の3点が挙げられています。第一に、既存事業と相関の低いリスクを取り込む「更なるリスク分散」です。資料では2026年度のリスク量が分散効果によって4.1兆円から2.3兆円へと圧縮される(分散効果43%)ことが示され、豪州・カナダ・東南アジア等での地理的拡大、新たな保険種目(LoB)の展開、ソリューション事業の拡大が具体策として挙げられています。第二に、防災・減災など「保険+ソリューション」による価値提供領域の拡大です。事故・災害の発生前後にソリューションを提供することで、損害率(L/R)低下による経済価値向上とFee収入の拡大を狙います。第三に、投資リターンの引き上げです。グループの運用ポートフォリオ26.7兆円(2025年度末)のうちリスク運用は67%を占め、資産運用のCenter of Excellence(DFG)の知見を全体に展開する方針です。あわせて、政策株式は2025年度末残高1.9兆円を2029年度末までにゼロとする方針が示されています。
これらの取り組みは、前述のBerkshire Hathaway Groupとの戦略的提携により加速するとされています。同社が重視するKPIは、修正純利益成長、修正ROE、そしてEPS Growthと整合的なDPS Growthです。M&Aについては、大型買収のROIが27.3%と資本コスト(7%)を大きく上回る実績が示されており、規律ある買収基準を維持しながら成長機会を追求する姿勢がうかがえます。
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5. 投資家が注目すべきポイント
強み
- 地理的・事業的・商品的に分散の効いたポートフォリオを持ち、北米・国内損保・ブラジルのいずれでも市場平均を上回る利益成長を実現してきた実績があります。
- Federated Modelによるグループ経営とシナジー創出(年間約4.61億米ドル)、規律あるM&A(ROI27.3%)といった、利益成長を支える仕組みが確立されています。
- 修正ROE12.9%(2025年度、IFRSベース)と充実したESR268%(2026年3月末)を背景に、15期連続増配や年間4,000億円の自己株式取得といった積極的な株主還元を進めています。
懸念点
- 資料では、自然災害の激甚化(気候変動リスク)が想定リスクとして挙げられ、2026年度の自然災害予算はグループ合計で2,000億円(過去10年平均は1,609億円)とされています。想定を超える大規模災害が発生した場合の業績変動には留意が必要です。
- インフレの長期化・ソーシャルインフレによるロスコスト上昇について、同社は十分なリザーブを積んでおり単年度業績への影響は限定的としつつ、自動車ロスコストの上昇には2025年10月・2026年10月の料率改定で対応する方針です。改定の効果が想定通りに表れるかは今後の確認点です。
- 海外比率が高いため、為替変動や北米の金利・信用スプレッド動向が資産運用収益やESRに影響します。米プライベートクレジット市場の動乱によるキャピタル損拡大や円金利上昇による債券含み損拡大が想定リスクとして挙げられています(プライベートローン残高は運用資産の約2%と限定的とされています)。
- IFRS移行に伴いKPIの定義が変わるため、時系列での比較には注意が必要です。
今後確認すべき指標
- 修正純利益・修正ROE(IFRSベース)の実績とAspiration 2035に向けた進捗(特にCAGR+7%以上の達成状況)
- 中期経営計画(〜2026年度)のKPI達成状況(JGAAPベースの修正ROE14%以上など)
- ESRの推移(ターゲットは190%以上、2026年3月末は268%)と、自己株式取得・配当を含む資本政策の実行状況
- 政策株式の縮減進捗(2029年度末ゼロ方針)とソリューション事業の利益貢献の拡大
- Berkshire Hathaway Groupとの提携の具体的な進展(再保険協働・M&A協働)
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6. まとめ
今回のIR資料からは、東京海上ホールディングスが「日本発のグローバルカンパニー」として、分散の効いたポートフォリオと規律あるグループ経営を武器に、世界トップクラスの利益成長を続けてきた姿が読み取れます。2025年度の修正純利益は8,815億円(IFRSベース)、修正ROEは12.9%に達し、株主還元では2026年度に1株当たり配当245円(15期連続増配)と年間4,000億円の自己株式取得を打ち出しました。
今後の成長期待という点では、長期ビジョン「Aspiration 2035」(修正純利益17,000億円以上、修正ROE17%以上)と、その加速装置と位置づけられるBerkshire Hathaway Groupとの戦略的提携が最大の注目材料です。ソリューション事業の拡大や政策株式ゼロに向けた資本効率の改善も、中長期の企業価値を左右するテーマとなります。
投資家としては、IFRS移行後の修正純利益・修正ROEの実績、ESRを軸とした資本政策と株主還元の両立、そして自然災害・インフレ・金利といった外部環境リスクへの対応状況を、次回以降の決算やIRで継続的に確認していくことが重要と考えられます。
※本記事は公開情報をもとにした分析であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。